萩への道(第二章)
萩への道は、富士五湖に続く大河ドラマの様相です
| 1.作戦 |
| 2.顛末記 |
| 3.反省 |
| 4.完踏への道 |
’03から’04へ
2003年 2日目 12:38 川尻岬107kmでリタイヤ (スタートから18時間33分)
(ちなみに川尻岬の関門時間13:00)
2003年は月間走行距離なしが3ヶ月もあり、04年は一からのスタートになった。
| 03年 | 04年 | |
| 1月 | 102km | 111km |
| 2月 | 100km | 153km |
| 3月 | 128km | 250km |
| 4月 | 62km | 157km |
ぐびどんの「完走の法則」
第一法則:レースり半分の距離を経験すること。
第二法則:月間走行距離がレースの距離を満たすこと。
…100kmウルトラまでは通用したが果たして???
…そう言えば、萩は「完走」ではなく「完踏」だったと気づいた
(;-_-R;)
1.半分走って半分歩く。
48時間÷250km=11分31秒/km
つまり理論上はこのスピードでゆっくり走り続けるか、8分/kmで1km走り
15分/kmで1km走ることを繰り返せば良いことになる。
半分歩けると思うと少しは気が楽になる。
※平均ではそうなるが、途中関門が3ヶ所有り、ぎりぎりに通過するとすると…
川尻岬 10.6分/km
仙崎公園前 12.8分/km
宗頭 13.8分/km
ゴール 11.2分/km
…となり宗頭以降が現実的ではない。
2.宗頭以降は全部歩くことにする。
以降15分/kmとすると、宗頭出発は23:13となる。
これから逆算すると宗頭までは10分/km。
8分/kmで2km走って1km歩くというのでどうでしょうか。
起伏に富み過ぎた?コースなのでイーブンペースでは進めないので計算的にはこんなもんでしょう。
3.川尻岬をスタート地点とする。
昨年の終点が今年の出発点、そこから全てが始まるという気持ちで臨もう!
装 備
基本的には昨年の準備で問題なかったので踏襲することにする。
ただより軽量化と補助食について改善しようと思う。
改良点(予定)
1.補助食はカロリーメイト等から「ブドウ糖」にする。(荒川マラソンがヒント)
2.「クエン酸」と「アミノバイタル」を4回/日摂取する。
3.地図を筒状にして肩口に止められるようにする。
(チャック付ファイルでも出すのが面倒になるので)
(ウェア)
UMML長袖Tシャツ
ノースリーブのアンダーシャツ
ワコールのロングタイツ
帽子
5本指ソックス
手拭き
シューズ(未定)
リチウムヘッドランプ
LEDランプ(リュックのウエストベルトに装着)
(リュック)
ウインドブレーカー上下(フード付)…レインガード処理
軍手2組
(補助食)
ブドウ糖
クエン酸
アミノバイタル
ビタミン剤・亜鉛・ビオフェルミン
薄焼せんべいorポテトチップ![]()
空のアルミボトル(広口の180ml)
予備電池2個
ガスター10、バファリン、バンドエイド
ティッシュペーハー2個
ビニール袋を加工した雨具
デジカメ
携帯電話
(チャック付A5ファイル)
(マラソンで貰うビニール袋のヒモを付け首からタスキがけして走りました)
チェックシート
大会支給の地図
・クニさんの資料を貼ったり分岐箇所や予定時間を書き込む
・2枚合わせでビニール袋に入れてシールする
クニさんのコースガイド
方位磁石
ボールペン
大会の連絡先などのメモ
テレホンカード
お金
(油谷中学校と宗頭に預けるもの)
油谷中学校は、コースから100m外れるということで、少しでもロスを出さないために荷物は預けないことにした。
着替え
Tシャツ(長袖)+靴下+手拭き
ゼリー(エネルゲン、アミノバイタル各1個)
整腸剤+ビタミン
風呂用タオル
リュック詰換用
軍手1組
補助食・サプリ一式
予備電池2個
ティッシュペーハー2個
萩参加の沢山のUMMLer中で、私が最も早く撤退したランナーとなってしまった。
上郷までの川沿いの道は、去年よりは快調な感覚で走れた。上郷で10分/kmの予定から1時間以上のアドバンテージが出来たが、結果論からはペースが速過ぎたということかも知れない。まあ、無理に抑えてもきつくなるのは一緒と馬なりにする。
そこからのサイクリングロードの上りも昨年より良く、行けるかなという感じ。下郷駐輪場までは2時間以上の貯金となった。眠気も去年のようにはない。
しかし美祢高校前のエイドではへばりが出てしまう。いつも30km台がきつくて40kmを過ぎればまた次の波が来ると言い聞かせる。時々ポツポツ雨だったものが、ここらで継続して降るようになる。ウインドブレーカーを着たがこれだと暑い。門村の前では既に気持ちが切れかけて、歩きが主になる。
西寺交差点エイドでは「ダメかな」と思った。しかし、まだ40分の貯金がある。貯金がなくなるまでは進もうと思った。
雨の中、歩きが主体で豊田湖の食堂に着く。でもまだ1時間弱の貯金。出発時に「止める人はいますか」と収容車。チラッと迷ったが夜中の3時前に止めても時間を持て余すし、どこかが故障した訳ではないので、進むことにする。…と出発した途端に雨脚が強くなり、引き返したくなった。仕方なく、次の俵山温泉(小さな待合室があり雨も凌げるだろう)でのりタイヤを決めて歩く。去年は睡魔でフラフラしたが今年は雨でそれどころではないせいか、それ程眠くならない。
俵山温泉では海宝さんがエイドをやってらして、とてもリタイヤ宣言が出来ず、大坊ダムを目指すしかない。貯金がなくなった。他のランナーにまだ時間的にはいいペースと言われたが、歩いてばかりではどうにもならない。夜が白み始めた。砂利ケ峠への上りは歩きでもしっかりしていたが、下りが歩きでも休まないと耐えられない。
ダムまであと約3kmの地点で収容車から「大丈夫ですか。続けられますか」と悪魔の声を掛けられて、ためらいなく「リタイヤします」と快諾?してしまった。約73km、5月3日午前6時前、スタートから12時間経過であった。
これで今年の挑戦は、情けないほど短くもジ・エンドと相成った…トホホ

昨年は調整不足で最初から負けていたが、ちゃんとやれば勝負になるとの考えで、今年再挑戦し、まあ予定の7〜8割の調整は出来たと思ってレースに臨んだ。しかし結果は惨敗でどうやったら完踏出来るのか全く見当がつかない。
故障は発生しなかったが、その前に序盤のペースが速過ぎたせいか足が動かなくなり、最も慎むべきである道中の長さを計算し始め、天使の囁きの大合唱にあっけなく負けてしまった。レース運びで到達点の長い短いはあっても、到底ゴールまでたどり着く走力とハートがないことを痛感させられた。
完走の法則は、200km超のレースでは通用しないことが判明。これは、作戦や装備以前の問題である。
来年のことを言ったら「萩」が笑う。
自分なりに目処が立った時点で再挑戦します。
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